喜びや悲しみを共有することのメリットとデメリット

ここでは、喜びや悲しみを共有する(主に友達や家族)ことのメリットとデメリットを体験談をふまえて紹介します。

※当サイト内において、似ているページ(部分的に)として、友達がいないことのメリットとデメリットのページがありますがこのページは、その中であげているデメリットの一部(一緒に喜んだり悲しんだり出来ないとして挙げております)の具体例の一つとも言えます。

以下は、大きく言えば感情の共有ではありますが、主に喜びや悲しみの共有について具体的にピックアップします。

メリット

喜びが倍増する
悲しみは変わらなくとも話を聞いてもらえることで何かを感じる
孤独ではないと感じる
お互い幸せな気分になる
非常にポジティブである
絆・結びつきを深める

デメリット

状況によって精神的に消耗する(悲しみやネガティブな共有)
度が過ぎたり興味がない場合には迷惑になったりする
共有したいという思いが強すぎて疲れる場合もある

このようなことがあります。

まず、大きなメリットとというか、嬉しい面として「喜びが増す」という点があります。

一人で喜びを感じることも全然良いことではあるのですが、やはり誰かと共有することも非常に良いものです。

一緒に喜んだり感動することで、さらに大きな歓喜を得られることも多いからです。

また、悲しみについてもある意味同様な面もあると思っています。

例え悲しみは変わらなくとも、話を聞いてもらったりすることで何かを感じることが出来ます。(ポジティブな意味で)

それは「孤独ではない」と感じることに繋がると思います。

また、絆や結びつきを深めることになるでしょう。

このようなことが、喜びや悲しみを共有することの良いところだと私は思います。

次に考えられるデメリットを、体験談を中心に紹介します。

私は、状況によって精神的に消耗する(悲しみやネガティブな共有)場合もあるのかなと思いました。あくまでも状況によってはですが。

悲しみやネガティブな共有は多くなると精神的に消耗することもあります。

特に、ネガティブなことの共有はそれ自体しない方が良いとも思うほどです。

ここで言うネガティブというのは、悪いことや倫理上問題があるようなことで儲かったとかを聞くとかそういった類の話です。

例えば「マスクを転売してウハウハだった」(政令改正前)なんて喜んでいる話を聞いたところで、こちらはネガティブな気分、不快な気持ちになります。

もちろん、これらは極端な話ではあるのですが、実際、大なり小なりあるものです。

私の周囲にも、昔ではありますが犯罪行為(儲かった的な)を自慢気に話す人が周囲にいたのすが、このようなことを聞かされてもデメリットにしかなりません。

分かち合ったり、心理的共有には、「ネガティブなこと」は個人的にはデメリットが多いと思っています。

もちろん、上記であげましたように、「悲しみ」については共有することで良い面(悲しみが変わらなくても少し楽になるなど)を感じることは多々ありますので、あくまでもネガティブというのは先程の悪いことや倫理上問題があるようなことです。

次に、「度が過ぎたり興味がない場合には迷惑になったりする」ということも考えられます。

こちらが喜んで話をしても、相手が興味がなかったりするのはもちろん、あまりにも極端に伝えると逆に迷惑になったりする場合もありえます。

最後に、「共有したいという思いが強すぎて疲れる場合もある」ということも多少ですがあるかもしれません。

どういうことかと、何か情報を得たらすぐに伝えるということを繰り返していると、その行為自体が疲れてくるのです。

説明が難しくわかりにくいかもしれませんが、「共有しないと!」と思ってそればかりを続けていると結構疲れたり負担になったりします。

あくまでも自然体が良いと個人的には思っています。

まとめ

このページはデメリット部分の解説が多めになっておりますが、基本的に喜びや悲しみを共有することは良い面の方が圧倒的に多いと感じます。

シンプルに言えば、喜びが増え、悲しみが少しでも楽になる、もしくは悲しみが変わらなくても何かを感じる、孤独ではないと思えるという良い点があります。

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